臨床研修ブログ

水戸済生会総合病院は、救急医療から緩和医療まで多彩な症例が経験できる総合力の高い地域の基幹病院です。
医師の生涯のうち最も実りある初期臨床研修期間を私たちは強力にサポートします。

3月11日は昨日でしたが・・・

2020.03.12
カテゴリー: 救命救急センター

昨年のブログでは、「3月11日は

忘れることのできない日です。」

なんて書いていましたが、

COVID-19の騒ぎなど、忙しさの

せいにして、前回の記事にするのを

忘れていました。

 

でも、テレビで震災の映像をみると

やっぱりあの時のことを鮮明に

思い出しますし、もう9年もたったけど、

あの時からすこしは成長したのかと

考え込んでしまいました。

 

9年前は、あなたはまだ中学生とか

高校生だった頃でしょうか?

医学部を目指していたとしても、

病院で何が起こっていたのか、

ピンとこないかもしれません。

 

日本人は、都合の悪いことを忘れ

やすい民族だと思っていますが、

せめてこの日だけでも思い返して

おこうと思います。

 

2016年5月からこのブログを始めて

毎年のように、この記事を載せています。

 

編集長はすごくイイ記事だと思いますし、

ぜひあなたにも読んでもらいたいと

思います。 

(編集長)

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白ひげ救急医です.

皆さんは「あの日」何をしていましたか?

僕はその頃,まだ法律的には医学部6年生.

卒業は間違いないけど,国家試験の結果は

出ておらず宙ぶらりんの状態.
 

大学のある弘前から,妻と一緒に水戸に

移動して来たのはあの日の前日.

 

半日かけて車で東北道を南下し, 

水戸市内のホテルに一泊.

そしてあの日.
 
朝から空っぽの新居に,引っ越し業者の

手によって,意外に多い量の段ボール箱を

搬入してもらい,僕と妻は少し遅い昼食を

とりに外出.

 

まだ見慣れない水戸の町並みの中,

全国どこでも同じデザインのコンビニの

駐車場に車を入れた瞬間・・・

2011年3月11日午後2時46分

当然,新居にはまだライフラインが

通っておらず,怯える妻を連れて,

自然と水戸済生会病院に足が向かって

いました.
 

学生時代から何度も病院見学をしていた

ので,僕の顔を覚えてくれている先生方から

声をかけていただきました.

 

妻に安全な場所を提供していただき,

僕はお借りしたスクラブに袖を通し,

できる範囲のお手伝いをさせていただき

ました.

 

と は言え,法律的にはただの医学生.

混乱する院内で事務的な作業,搬送の

お手伝い,医療資器材の運搬など.

はっきり言ってこの時の事はあまり覚えて

いません.

 

 

何もできませんでした.おそらく,医師の

資格を持っていたとしても,ほとんど

役に立たなかったと思います.

 

“何もできなかった” “何も覚えていない”

ということを強烈に覚えています.
 
これが僕の医師人生の,そして救命医

としての始まりでした.

その後,それぞれの早さで時間が流れ,

救命医として勤務する中で,3月11日に

なると毎年「あの日」のことを思い出します.

何の因果かわかりませんが,3月11日に

当直を担当する事が多く,今年もまた

当直に入ります.

 

あの時何もできなかった自分と

今日の自分を最大限客観視しながら,

節目の日の当直を迎えます.

災害はいつ起こるかわかりません.

その時医師として何ができるか.

今のうちに考えてみませんか?

(白ひげ救急医)

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水戸済生会総合病院の臨床研修は

総合診断能力を有する

スペシャリスト

を目指します

 

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